島内探索編の続き。
旅館の皆さんは私の帰りが遅いことを心配していたらしい。ロビーには風呂上がりのビールを楽しむ男たちが浴衣姿で歓談していた。久しぶりに人の生活を感じた。





八畳ほどの部屋に通されると既に料理が用意されていた。旅館の方は私が着座したのを見るなりすぐに去っていった。料理の内容は蒸しウニ、数の子、鱈の西京漬け、ひらめ・帆立・甘エビの刺身、ズワイガニ、ワカメの酢の物、ツブの磯焼き、マツモの味噌汁、ホタテの炭焼き、タコの頭、たくあんである。特に蒸しウニは今まで食べたことのないほど甘く、臭みがないものだった。酒の代わりのお茶を飲みつつご飯を食べていると心地よい疲労が眠気を誘った。

風呂はとても熱かった。大学生らしき旅行者もいたが話しかけることはしなかった。身を火照らせる湯と薄暗い蛍光灯は二人の距離を縮めたが、寂しき旅行者の性と言えようか、心の中では親近感を覚えつつもいざそれを実行に移すとなると億劫になってしまうのだ。部屋に戻ってからは広重の教育番組を眺めながら快い陶酔を感じていたがふと明日の日程を思い出し、二枚重ねの布団に身を沈めた。辺りは全くの沈黙であったが不気味さはなく、むしろどこかで無声の音楽が奏でられているかのようですらある。布団の沈み込みは僅か数センチだったには違いないが、体を覆って余りある綿の感触はあまりにも深い眠りへと誘った。

翌朝も依然として静けさが旅館を支配していた。実際には朝食を作る忙しなさがあるはずなのだが、時が止まってしまったかのようにおっとりとした朝日が障子を白く染めている。これほど気持ちの良い朝は初めてかもしれない。今日は風もなく気持ちの良い航海となりそうだ。
暫くすると旅館の方が私を呼びに来る。昨晩あれほど食べたはずなのに空腹が私を苛む。朝食は至って標準的なものだったが、丁寧に作りこまれている味であった。



朝食ののち、船の時間まで小一時間ほどあったので部屋で寛ぐことにした。窓を開けると潮風が部屋を満たし、眼下には二頭の馬が草を食んでいる。海の紺碧はいつにも増して深く、そして遠くには天塩山地が横たわっている。海を遮断する山脈はこれから帰る場所なのであり、不思議とそこへ呼び寄せられている感触を覚えた。

港に着くと船はいよい到着するところであった。今日の旅をご一緒する方たちと共に船へ乗り込む。船酔いに備えて寝ようとしたのだが丸い小窓から入り込む光はあまりにも強い。やがて船は出港したが揺れは小さく心地よい。私は外へ出たくてたまらなくなった。


焼尻島では30分ほどの碇泊時間があったが甲板に出て海や焼尻の大地を見て過ごした。昨日と同じく秋の柔らかな陽光に包まれた集落は海の上から見ると更に輝かしく見えた。


島が離れるにしたがって言いようのない哀しみが湧き上がってきた。これほど輝かしいきらめきに溢れた土地は今まであっただろうか。美しき島はいつまでその姿を湛えているのだろうか。今にも零れ落ちそうな寂しさ、もう二度と訪れることができないかのような感覚。再訪を心に固く誓いながらもそれが叶わないかのような悪夢を感じていた。それは船上の不安定さに突如出現した幻想だったのだろうか。小さくなってゆく島影は次第に憧れとなって私の心に刻まれた。






帰りはずっと甲板に出ていたが海の光彩と海風は私の感覚を興奮状態に置いた。海というものはいつ見ても面白いものである。


羽幌では島で知り合った方たちと共に昼食とお風呂を共にした。



秩父別までやってきた。ここのブロッコリーソフトは美味しかったので皆さんもぜひ。



コーヒーを一杯。

上川周遊編へ続く。