一昨年のお盆の頃だっただろうか、早池峰山へ登って来た。コースは七折れの滝から鶏頭山に登り、中岳、早池峰山と経由して小田越えへと下山するものである。幼少の頃、祖母からもらった北東北の希産植物、という図鑑を手にしてから早池峰山には憧れを抱いていた。朝の八時頃、登り始める。

岳の集落から林道へ入って、暫く進むと徒歩道へ移り変わる。しばらくはこのような崖沿いに進んでゆくのである。

七折れの滝があると聞いて幾度も渓流に目をやったが中々現れない。

これは七折れの滝ではない。

遂に登場した七折れの滝。実際目視で確認できるのは5つぐらいだろうか。

写真で見ると迫力に欠けるが、前日までの雨もあり、水量が豊富で滝の音が谺している。飛沫も相当なもので汗ばんだ肌に澄んだ水が当たる。

七折れの滝からはいよいよ登りとなる。1.5㎞で700m程を登るのだから相当なものである。鶏頭山までは急登なのだ。

急登となると写真を撮ることや喋ることがおっくうになってしまう。上の写真は途中でくぐり抜けた洞門。中は藪蚊の温床と化していた。

スズメバチに2回ほど追いかけられた。2人で登ったが友達の方がよく追いかけられていて、おかげで私はゆっくり登ることができた。

尾根に到達するとガスは一旦切れた。

岩の稜線に到達すると高山植物が現れた。

どこを見ても花が広がっているのである。急登の苦しみも一気に晴れてしまい、足早に鶏頭山を目指す。

このような幾つかの岩峰を超えてゆく。しかし樹林帯のような閉塞感はなく、岩を踏みしめる足も軽やかだ。

これはウスユキソウだが、ハヤチネウスユキソウなのだろうか。ミネウスユキソウというのもあるそうなので注意が必要だ。

これはナンブトラノオなのだろうか。崖にへばりつくようにして咲く様子は健気だ。8月中旬と多くの花は見頃を迎えていたがまだその美しい姿を楽しむことはできる。

このような切り通しも幾つか存在する。人為的なものではないと思う。

はしごを登る箇所もある。これから何キロもこのようなお花畑、そして歩きやすい稜線が続くと思うと非常に楽しみだ。

これはニセ鶏頭。お地蔵様が登山の安全を見守っていらっしゃる。

岩峰を振り返ると水墨画のような峻厳とした光景が広がっている。

斜面はハイマツと思しき低木が辺り一面を占めている。しかし登山道の周りは常に花々で覆われていたのだった。

鶏頭山に到着。ここで男性ハイカーと出会った。早池峰山頂まですれ違った登山者はこの方のみだったのでいかにこのコースが不人気かが分かる。(花の保全には役立っているのだろう)

草花は稜線がお好みのようだ。短い春を謳歌する高山植物は生存できる場所も限られているのだろう。

暫く進むと再び切り通し。幽玄さを感じる。


非常に花が多いため、その有り難みが幾分薄れてくる。ウスユキソウは今まで見たことがなかったが一面に咲くウスユキソウを見ていると希少な種であると言うことがいつしか忘却の彼方へ追いやられてしまう。

忽然と屹立する岩峰。雲のベールを身に纏うが、これはその一瞬の隙。歩いていると下から霧が抜けてゆく。

上の写真の遠くに見える岩壁が中岳である。直前には蟻の渡しとでも呼べそうな細い岩の通路がある。チョークで行き先を示してくれているので迷うことはないと思うが滑落は避けたいところ。


岩壁を登りつつある間にもウスユキソウ。ウスユキソウの早池峰山での遭遇率は非常に高く、特にこのような岩場では必ずと言って良いほど棲息している。なぜ早池峰が特別な山になったのか不思議だ。


ロープを伝って登ってゆく。ロープは新しいようで頼もしい。(あまり使わないようには心掛けていたが)


中岳に到着。これで鶏頭山と早池峰山の行程の半分ほどは来たことになる。この先泥濘がひどく、眺望も優れず、更には疲労も溜まってきたので写真は殆ど撮らなくなってしまった。途中で見つけた水場という表示に従うと涸れ沢の源流に連れて行かれるので其方へは行かないことをお勧めする。

これは早池峰山頂直下。カメラの向けられた先が山頂で、斜面は低木で覆われているがところどころ岩が露出している。カルストで有名な秋吉台にも似た風景である。

見下ろすと若草色の草原が広がっていることが分かる。山頂近くはウスユキソウだらけで写真を撮ったときフレームに入らないことの方が珍しい。


途中にあったピラミッド。

タカネヤハズハハコだろうか。もしそうであれば非常に珍しい種であるらしい。

これはいよいよ山頂が近付いた頃だ。軽い岩場を登ってゆく。

山頂間近の登攀はいつも厳しいものがあるが、1歩ずつ踏みしめて歩いて行く。

ようやく山頂に着いた。もう既に一時を回っている。5時間程度は歩いてきたのだろうか。

山頂に着くと山の日であっただけあって賑わいを見せていた。私はその陰で淋しくクジラの缶詰とおにぎりを食べていたが、汗が乾いてきて身震いするほどである。8月中旬とはいえ高山は寒い。長居は不要と見て花園を去ることにした。

山頂直下には湿原が広がる。木道が整備されていて歩きやすい。

岩を渡り歩くことも既に慣れた。跳ねるようにして進んでゆく。

小さな池もあるが、殆ど涸れていた。この湿原の先に門馬方面、小田越えの分岐点がある。河原の坊コースへの分岐は山頂にあるが崩落のため現在では通行できない。

山を降り始めると時折晴れ間が見えた。それは移ろいゆく雲の中にあって儚いものだったけれど何処か清新な印象すら与えた。

遠くに落ちる光線は緑で覆われた斜面に色調の変化をもたらす。

どこまでも牧歌的な草原が続く。遙か彼方の晴れ間というのは人間にどれ程虚しい憧れを抱かせてきたのだろう。

途中にははしごもある。

年々雪で削られてゆく斜面にも花は毎年咲く。

ついに晴れ間は閉じてしまった。鬱蒼とした斜面は次第に雲に包まれてゆく。



これが高山への最後の別れと撮った写真。これ以降熊の出そうな山道をひたすら降りてゆく。 人声が大きくなってきたかと思えば登山口はすぐ近くだ。登山口では友達のお父様にお待ちいただいた。 簡単に着替えをして石鳥谷駅まで送っていただく。石鳥谷駅からは早池峰山の姿は見えなかった。列車の中は混んでいて席があまり空いていない。加えて泥にまみれていたので人のすぐ近くには座れない。悲しいことに盛岡まで立って移動することになってしまった。