トロンボーンと惑星

皆さんはホルストの惑星を聴くとき何を主として聴いていますか?まああの曲の醍醐味と言えば近代オーケストラをさらに拡張して得られる音響を目いっぱい使って得られる迫力と惑星の持つ深遠さに身を浸すことでしょうね。各惑星があれほど表情豊かに描かれることもまずないでしょう。(四季と名の付く曲は数あれど惑星という曲はホルストのもの以外聴いたことがありません。まあ占星術や望遠鏡から覗いた姿を見なければちょっと動き方の変な明るいほしですものね。)

その大オーケストラからトロンボーンだけを抜き出して考えてみることは野暮かもしれませんが中々使い方が面白いので取り上げてみたいと思います。(ホルストはトロンボーン奏者だったしね)

因みに僕の持っているCDは

1、マゼール指揮、フランス国立管弦楽団

2、小澤征爾指揮、ボストン交響楽団

3、オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団

4、デュトワ指揮、モントリオール交響楽団

5、ボールド指揮、ボストン交響楽団

以上です。もちろん聴いたことのある演奏はもっと多いです。

幼稚園の時に出会った、そして現在まで繋がる音楽趣味のもとになった曲なので思い入れは深いですね。

火星はもはや金管の独壇場と言ってもいいでしょう。そしてその金管楽器の核となっているのがトロンボーンと言えるかなと思います。ティンパニと弦の刻みより開始される曲は正に戦争を予感させるものとなっています。5拍子というのも不安を増幅させている。あの弦のカチャカチャとした音もよい。そしてホルンとファゴットが何やら不気味な主題を奏でる。そしてその他の木管、金管と増幅してゆきます。あの半音階的な旋律と徐々に何かが迫りくる感覚、堪りませんね。まあ火星は誰が聴いてもトロンボーンをはじめ金管に耳が向くと思うのであまり語りません。ただ珍しいテナー・テューバ(ユーフォニアム)のソロは聴きどころですね。(厳密にはテナー・テューバという楽器はなくそもそもホルストがどのような楽器を所望したのかは不明らしい。ただ周囲の人がユーフォニアムを使うことを提案したのにも関わらずホルストは拒んだという逸話が残っている。ユーフォニアム奏者が可哀そうですね。)

金星と水星にはトロンボーンの出番はありません。でもとっても面白い曲なので皆さんちゃんと聴きましょう。小学生のころつまらないと思っていた金星が最近心に沁みます。歳ですね。

木星は誰もが知る名旋律で有名ですがそこに至るまでの音楽は意外と知られていないのではないかなと思います。しかしその音楽も大変豊かです。ヴァイオリンの動機から始まる快活で生命力溢れる音楽はまさに快楽を表します。水星の終わりが諧謔的で神妙だったのでその楽しさが際立つのです。トロンボーンはテューバやテナー・テューバ、ティンパニと共に飛び跳ねるような旋律を奏します。ここのティンパニは二人の奏者が共同で一つのフレーズを奏する視覚的にも楽しい場面です。そしてトロンボーンは一本のみ入っているのですがこれがまた良いアクセントとなっています。テューバ系の楽器とティンパニの重々しさを残しつつ躍動する旋律になっているのです。

そしてこの旋律が終わると一つ目のクライマックスを迎えます。この一拍置いてからのトゥッティ、緊張と弛緩を正に体現したような音楽ですね。そしてしばらく音楽は進んで再びのゲネラル・パウゼ。その後はオーケストラではあまり聴かれないトロンボーンの裏打ちが聴けます。下降音型の表拍の裏で上品な裏打ちが奏されます。マーチ以外でのトロンボーンの裏打ちはあまり聴きませんがオーケストラ奏者の方が演奏すると音価が長く、音の立ち上がりもゆったりとしていて何だか新鮮です。でもたまに裏打ちが崩壊している演奏もありますね。ボールド盤なんか完全に三連符のようなタイミングになってます。

裏打ちが終わると1stトロンボーンがテューバの跡を引き継ぎ表拍で下降音型を奏しますがすぐに終わってしまいます。音域的に無理のないように作られているのはさすがと思いますね。

その次の三拍子の場面ですがここではトロンボーンが裏メロを演奏する場面があります。これも生き生きとしたものとなっています。(この場面、実はホルンが一番楽しそうだなと思っております。)

さて有名な平原綾香のJupiterの場面ではバストロンボーンがテューバと共に活躍します。これはちょうどバストロの面目躍如といったところで最初はメロディーを支えるよう優し気に、そしてサビの部分では堂々と力強くオーケストラを支えます。これを聴いてバストロが好きにならない人はいないと思いますよ。バリバリしてるだけがバストロじゃないんです。あのふくよかで芯のある音色はバストロ特有ですね。N響の黒金さんの音などとても柔らかくて何だか人柄が偲ばれるようです。(吉川さんや秋山さんの音も所謂”バストロ”らしくて良いとは思いますよ)

そして曲の終盤、コーダでもバストロンボーンとテューバが今度はメロディーを、それもあの感動的なJupiterの旋律を、少しだけですが演奏します。これがクライマックスに繋がっていく重要な役割であることは間違いありません。あの感動的な旋律が昇華していく様は実に見事です。そして金管全体による壮大なファンファーレが鳴り響き曲を閉じます。

土星からはいよいよ人間離れした世界へと踏み込みます。個人的にはこの土星こそ全曲の中の白眉であるように思っています。バスフルートの無機質な二音の繰り返しと時折現れる低弦の不気味な動機は生気の失せた物体の漂流を思わせます。しかしホルンの合図によって急に場面が転換すると音楽が前に進み始め、大変美しいトロンボーンのコラールが出現します。1stトロンボーンのみが旋律を演奏し2ndと3rdは同じ音を厳粛に響かせるのです。やっぱりトロンボーンの良さってコラールの圧倒的な美しさにあるよね。音程と音色がきれいにはまった時の快感が段違い。(それだけ繊細な音感が求められるわけだけれども。)コラールはトランペットに引き渡され徐々に音楽も明るくなっていきますが急に短調に転じて悲劇的な場面となり徐々に静まっていきます。トロンボーンも不協和音を奏しますが次第に収斂してゆきます。

その次の場面はフルートの覚束ない旋律に始まります。やがてこの音楽は確固たる意志、それも鬱屈した感情の上に成り立ったもの、を持ち始めやがてクライマックスへと至ります。ここでのバストロンボーンがとっても格好いいのです。中低音楽器が束になって打ち込む楔の、まさに骨格となる音です。その後音楽全体は混乱に陥り、様々な楽器が冒頭の低弦のモチーフを代わる代わる演奏します。老いに対する焦燥を描いた場面でしょうか。しかし運命は高らかに死を宣告し、音楽はすぼんでゆきます。そして訪れる永遠の安楽。どこまでも続く天上的な音楽ははるか遠くまで続く雲海を思わせます。土星は全曲中でおそらく一番充実した音楽と言えるでしょう。

天王星は土星の安楽をつんざく金管により始まります。この曲は金管が主体的な役割を果たす曲です。酔っぱらったかのようなホルン、珍しいテューバのソロなど見どころが沢山あります。トロンボーンは悪魔の総元締めのような感じで邪悪なエネルギーを(喜劇的でもあるんですけどね)発揮します。聴いていて大変面白い曲ですね。

さてオルガンも含めた最強奏ののち音楽は静まり返りますが突如冒頭の金管が姿を現します。ここでのバストロンボーンがとても良いので皆さん注目ですよ。あの低いEの音、何度聞いても痺れますね。曲は思いのほか呆気なく終わります。

海王星ともなるともはや宇宙人との交信のような音楽となりますがここにもトロンボーンが登場します。重苦しいハーモニーは土星よりも差し迫った死の淵、というよりも死そのもの、もしくは生死の概念が存在しない世界に沈み込んでゆく感覚を与えます。この曲、全曲を通じて最弱奏が要求される曲ですが意外にも金管楽器は出番があり女声合唱も入るので最も人数の規模の大きな曲となっています。あのチェレスタやハープ、女声合唱により作られる蠱惑的な世界は果て無い宇宙への旅路に放り出されたボイジャーを思い出させます。(ボイジャーのことを聞くたびにこの曲が頭の中を流れるんですよね。)

この惑星組曲は音楽的な内容、曲の構成、管弦楽法どれをとっても素晴らしい曲です。ホルストがなぜこの曲のほかに名曲と呼ばれる曲を書けなかったのか不思議なくらいです。(念のため言っておきますとリグ・ヴェーダとか吹奏楽のための第一組曲とか素晴らしい曲は数多ありますよ)あのパッとしないイギリス音楽の中で(レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ、エルガー、バックス、ウォルトン、スタンフォード、ブリテン等よく聴く作曲家ですしイギリス音楽には個人的にはまっているんですけれどもね)これほどのエンターテイメント性を持った作品が生まれたことは奇跡と言って差し支えないのではないか。

皆さん、たまにはある楽器に着目して聴くのも面白いですよ。それでは、また。

投稿者: yonekura53

こんにちは、米倉と申します。海老名鰹だしとも申します。クラシック音楽と旅行好きの大学生です。

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